[鹿嶋神社]   : (式内・深溝神社、論社)


<拝殿> 住所:奈良県香芝市下田西1−9−3。

祭神:武甕槌神
本殿:、千木: 。神紋:

場所:JR和歌山線下田駅および、近鉄大阪線下田駅より徒歩。駐車場は神社内に普通車10台(無料)

由緒,伝承:
創建は、高倉天皇の承安2年(1172)源氏の郎党・鎌田小次郎政光(光政)が常陸国鹿島郡の鹿島神宮より御分霊を賜り、当地に勧請したと伝えられる。
神社に伝わる古文書(鹿嶋文書)によると、当時源頼朝が「平治の乱」で平氏一門に破れ、落ち延びた尾張国半田郡にても平氏の追っ手の厳しさと家臣の裏切りにあい、頼朝は暗殺、政光の父・鎌田平衛藤原政清他党も悉く討死にしたが、従っていた鎌田政光はかろうじて逃げだし、常陸国に辿り着きました。
鹿島神宮で源氏の再興を祈願、百日間参籠の後満願の夜「源氏は庚子の年に再興する。汝は西の方へ進む也」との御神託を受け喜び御分霊を奉じ西に旅立ちました。数百里を越え、大和国下田村に着いたときこの辺りの景色が鹿島の風景に似ており懐かしく思い、ここに祠を建てて「鹿嶋神社」としてお祀りしたことに始まるとされています。

また、延喜式神名帳(967)に記載のある「葛下郡深溝神社」は存在せず各分野の識者・学者の調査の結果、鹿嶋神社が深溝神社にあたるのではないかとも云われています。
現在の本殿は大正年間に造営・拝殿・絵馬殿・山車殿は昭和58年に改装され、社務所は平成2年に新築されています。

御祭神、武甕槌神(タケミカヅチノカミ)は、武神・軍神として知られ、古来より藤原家を初め朝廷や武士から篤く崇敬され、鹿島神宮や春日大社などおおくの神社にお祀りされています。古事記、日本書紀の神話にある「国譲り」で活躍され、その後も国土平定の祈りには偉大な働きをされたと云われています。

年中行事:1/1 歳旦祭、1/6 神年越(一般無料振舞)、2/3 節分祭、3/1 祈年祭、10/16 秋祭り、10/26 神嘗当日祭、11/中旬 七五三詣、12/1 新嘗祭、特殊神事 1/26結鎮祭。

手水舎 境内より鳥居

※謝辞:hahahaさん取材、 文責:stan。  [0212]