[墨坂神社 ]   :すみさか、

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住所:榛原町荻乃里
祭神:墨坂神。
本殿:平入、西北向、   千木:外削    神紋:巴
場所:近鉄榛原駅南、宇陀川対岸。pk無

由緒,伝承: 神武が宇陀の高倉山に登り大和の形勢をみると女坂、男坂に兵を配し、この墨坂に熾墨を置いて武具を武備を堅めていたとある。いずれも大和へ入る要害の地である。
崇神の時には防備の為、墨坂に朱色の、西の大坂に墨色の盾矛を祀ったという。

摂社:祓戸、恵比須

宇陀川に面す。西の山口2社と合わせ奈良盆地東西の関所。左に座す祓戸社'98台風7号で倒壊していた。


<境内掲示板より 2000.2>

神武天皇御東征の砌(みぎり)、大合戦の墨坂の地ですでに祭祀されていた神々である。
天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、伊那郡岐神、伊那郡美神、大物主神の六神を総称し墨坂大神と申している。
日本書紀によれば、崇神天皇の御代春三月(西暦380年)国中に疫病が蔓延したため、天皇はいたく悩まれた時、或夜御夢に神人が現れ「赤盾八枚、赤矛八竿をもって墨坂の神を祀れ・・・」とのお告げにより御勅祭されたところ、たちどころに疫病は、平癒し、もとの天平泰平となったと記されている。また天武天皇 白鳳元年(西暦673年)に大(来?)皇女を使者として奉幣されたとも伝えられている。

文安6年9月(西暦1450年)に墨坂から現在地に遷座されたものである。 また、新抄勅挌符抄によれば天応元年(西暦781年)「墨坂神一戸信乃」と記されており、現在御分社として長野県須坂市に墨坂神社が二社ある。 本殿は、春日造で元治元年(西暦1864年)南都春日大社から本殿を拝領し 建造したものである。 御例祭は11月3日で旧地御旅所から古式による渡行式が行われる。

※謝辞:取材・提供 hahahaさん。