[石鎚神社・成就社] :石鎚神社・中宮成就社。
中宮成就社  見返り遥拝殿
住所:四国、愛媛県西条市石鎚山 
祭神:石鎚彦命(石土毘古)いしつち)
本殿:、東向。 千木:外削 。 神紋:丸に石、
由緒,伝承:

 西日本の最高峰・霊山石鎚をご神体とする石鎚神社、今は瀬戸内海に近い本社(里宮)と石鎚山北の中腹に在る「中宮・成就社」、山頂に頂上社(奥宮)、東南の山稜に在る土小屋遥拝殿、この4社をあわせて「石鎚神社」と称している。
開山は役行者(634?-700+?)といわれ成就社、御塔石などの逸話がある。祭神の石土毘古は古事記にみえる、伊邪那岐、伊邪那美の2神が島々を生み次に自然神を生むがこの第2子が石土毘古神で、先に生まれた第2子(嶋)も石鎚山のある伊豫である。

役行者が石土山に篭り修行していたがなかなか神意が得られず下山しようとしたが、なせばなると再び行を続け漸く石土大神の霊験を得て石鎚山を開山しこの中宮の場所に戻り、山頂を見返し吾が願い成就!と仰ぎ拝したという。今の成就社がこれであり見返り遥拝殿の奥壁はガラス窓になっていて山頂を遥拝できるようになっている。

隣の讃岐が地元である弘法大師・空海の伝承も数多く、天狗獄の崖下にある天柱石で護摩を勤めたなどの伝がある。


成就中宮社参道
成就社へは山麓下谷(しもだに)からロープウエイで8分程で標高1300mの山頂駅に着く。 山稜少し下に第17番女人返王子社跡がある。ここには伊曾乃の女神が石鎚大神を追ってきたがこの女人返から下ろしたという、石鎚大神は女嫌いであったらしい。

山頂駅より歩30分ほどで標高1450mの中宮成就社へ着く。





石鎚・遥拝所
石鎚山には36の王子社があった。山頂へ続く参道の目印、修行の場であり遥拝の場所である。
本社(里宮)の南西約2kmの黒瀬ダム湖畔近くに1の鳥居と福王子社が在る。この第1番から加茂川に沿い王子社が点在する。
3川が合流する三碧峡から参道は3本に分かれる、今宮参道といわれた険峻な山道がメインの道であったらしい。今は加茂川沿いを車で下谷の駅まで4kmほどである。
三十六王子の場所は全てが明確になってはいない、修験の行場でもあり実際の数はもっと多かったのだろう。中宮成就社に在る稚子鈴之巫王子社は20番目とされている。王子社以外に遥拝する場が要所にある、写真の鳥居は成就社から山頂に向い八丁坂を下った所に在る。


遥拝鳥居
ここからは残りあと200m程、ただし垂直に!だが。。

石鎚山の最高峰(1982m)は、写真左側の峰、天狗岩です。
奥社の有る「弥山」は、右側の峰で1972m。大きくしますと神社や山小屋が見えます。
写真右側の青い小屋の屋根が、二の鎖場小屋です。


3の鎖場

『 三の鎖場(高さ68m)の遠望です。
 少しガスが掛かっていますが、登っている人が判りますか?
 此処を登れば山頂(弥山)です。望遠レンズで撮っています。』


頂上鳥居
[石鎚神社・頂上社] :石鎚神社・頂上社鳥居(奥宮)。


『 必死の思いで(?)三の鎖場を登りますと、この鳥居の前に出ます。
 私は鎖場でも下を見ながら、楽しんで登っていました。高所恐怖症の方は無理ですね。
 この鳥居の左手に、奥社本殿が有ります。』


頂上社
[石鎚神社・頂上社] :石鎚神社・頂上社(奥宮)。

 社殿は東南の天狗岩を向く。

社殿内の鏡に注目してほしい、鶴が写っている。

紀伊の熊野権現はココから淡路の「遊鶴羽岳(ゆづるは)」へ飛んでいった。


左は社務所
・平安期前半に成立といわれる「熊野権現御垂迹縁起」。

この熊野縁起に、熊野大神は、北九州の彦山(日子山、英彦山)から→石鎚山(伊予)→遊鶴羽岳(淡路)→切部(切目)山(紀伊)→神蔵山(熊野新宮)へと移動したとある。
鉱山である。


天狗岩への途中から弥山
・役行者小角
大和国葛木上郡茅原村出身。
修験道の開祖とされる。求菩提山、英彦山、吉野金峰山、大峰、伊豆山、大山阿夫利山、江ノ島社、羽黒山などなど修験の開山の伝承では殆ど、修験道場以外にも寺社ともに多くからんでいる。

『続日本紀』文武3年(699)5月、役小角伊豆へ流される。 伊豆山神社を含め伊豆一帯に小角の伝承は非常に多い。
大宝1(701)特赦で帰参、が役小角は飛び去った、唐とも新羅ともいう。
日本霊異記・役優婆塞伝に「役優婆塞は役(えだち)の公、今の高賀茂朝臣といふ者なり」とある。


弥山
< 天狗岩への途中から弥山 >

 『 正確には、天狗岩に行く途中からです。
   少し下から写す形です。  』

弥山
< 天狗岩からの望遠写真 >

・弥山頂上(標高1972m)。

・覗行場 (十亀説三十六王子調)
(第3番)大保木王子(地蔵)、(7)黒川王子・今宮、(16)山伏王子、(22)恵比寿滝王子、
(29)禅定王子、(30)大剣王子、(31)小剣王子、(35)裏行場王子(不動尊)。

・(35)裏行場王子は弥山南壁にあったという、天狗獄頂上には(36)天狗獄王子(大日如来)。
・(25)御塔石王子(大日如来)は天狗獄直下にある天に向かって突出した目どおり40m高さ78mの石塔、天柱石とも呼ばれる。


  
< 天狗岩への途中から弥山 >

馬の背 どころか 刃の上。 役行者が行の途中に力尽き下山しようとしたとの伝承があるのもうなづける。

石鎚大神は「石と土」で大地の神であるが、この陵尖をみると「イワ之チ(霊)」をイメージしてつけられた名前なのかもと思う。


朝の神事

『 山小屋は、信者の人が殆どで、登山者の多くは日帰りで降ります。
 夕方と朝に神事が有ります。
 朝6時からの神事に出てみました。濃いガスの中です。
 祝詞を聞いていますと、古事記を要約した様な内容で、日本の国の成り立ちを語り、その後、諸々の安全を願う物でした。 』


  

 弥山より、天狗獄を望む。

この岸壁に行場があった。


  

天狗獄頂上付近。
頂上には天狗獄王子・大日如来が祀られている。

画面左下にわずか光って見えるのは、直線で東南 3.2km先の土小屋遥拝所の屋根、その背後に控える山は黒岩山。



 ※ 謝辞 KENJIさん 写真・『紀行』。
  参考 『石鎚山』十亀和作著s47初版、古事記、日本書紀、など。

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 注: 画像に出典情報など埋込済。


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