菅 家

 菅原道真の事 (845−903)宇多天皇が大変ご信任になり右大臣に用いられましたが、時の左大臣藤原時平の讒言により

大宰府に流された。
 去年の今夜清涼殿に侍す,恩賜の御衣今此処にあり
かの有名な漢詩を残して、許される事無く配所大宰府において死去,五十九歳であった。
  
   この度は幣もとりあえず手向山
     紅葉の錦神のまにまに
宇多上皇が吉野に御幸された時 紅葉の錦を幣の代わりにさしあげます。という意味。

大江 千里

漢学者 宇多上皇に仕えた

  月見れば千々に物こそ悲しけれ
     わが身一つの秋にあらねど
月を見ていますと何とも悲しくなってしまいます。私だけの秋ではありませんけれども、平安朝の歌人にしては余り情緒が無い様な気
がするのは、漢学者のせいでしょうか。