新潟市サッカー協会
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The home page of NIIGATA football association
☆コンテンツ
1.理事長方針・・・・・・・・・・2009.01.28 UPDATE
2.新潟市サッカー協会組織図・・・・・・・・・・2012.05.19 UPDATE
3.新潟市サッカー協会関連トピック・・・・・・・2012.04.25 UPDATE
4.リンク集・・・・・・・・・・・・・・・・2009.01.10 UPDATE
5.関連募集、及び告知のPAGE(市民サッカー大会)・・・2012.05.19 UPDATE
新潟サッカーの歴史
日本蹴球協会の設立は大正10年で
全国の蹴球部の誕生はそのころからはじまった。
新潟では昭和5年新潟医科大学に蹴球部が結成、
その後、新潟高校、長岡高専に部が誕生し、対抗戦が可能となった。
しかし、昭和18年頃より新潟は空襲、長岡は空爆とその灯は消えた。
戦後、昭和20年全朝鮮サッカーチームが来訪した。
新潟医大チームは4−0で快勝の記録が残っている。
昭和22年柏崎高校、翌23年に新潟高校で部が発足。
翌24年には新潟明訓高校、長岡工業高校に部が誕生し、
4高校によるリーグ戦が行われた。
昭和24年5月協会設立へ向け新潟医大が動き、
同年1949年6月21日高木健太郎が初代会長に就任し弊新潟市サッカー協会は設立された。
翌25年日本蹴球協会はFIFAに復帰する。
新潟市サッカー協会設立より遅れること10年
昭和34年に関東地区日本蹴球協会より分離、新潟県蹴球協会(現在の新潟県サッカー協会)発足。
39年の新潟国体は明訓サッカークラブが単独出場することになった。
この時の出場選手、その後の強化員だった教員が現在のサッカーの
普及活動の中心となっていく(木村哲夫氏、百瀬文夫氏、古川智久氏等)
平成3年より日韓ワールドカップが浮上し、平成8年12月に新潟市開催が決定した。
平成6年新潟イレブンをアルビレオ新潟の名称でJFLチームといて登録。
現在のアルビレックス新潟は新潟市をホームタウンとする。